お金が絡むとろくなことねーな。

お金って大切だと思うんです。もちろんお金がそんなになくても生きていくことはできるんだけど「ないよりはあったほうが自己実現しやすいよね」とか、「まぁあったほうがないよりは選択肢増えるね」とか、幸せの基準みたいなのって目に見えなくて、可視化できる幸せ=量ってなっちゃってる世の中だから仕方ない部分はあると思うんです。

お金がある人(自分よりもたくさん持っている人)を見ていると「なんでも手に入るし幸せそう!」って思うんだろうけど、人間死ぬ時に人生を思い返して

「あー、稼ぎたい。もっと稼げばよかった」

とは思わない。だって、死ぬ直前に稼いだってお金の意味がなくなるから。

それを踏まえて。
昨日、新患さんに投げ銭の経緯と意味を改めて伝えてました。

基本的に世の中って「稼いでなんぼオーラ」ってあると思うんです。
「汗水流して働いて必死に稼げ!」みたいなことを言われた時代もあっただろうし。

僕もお金は稼ぎたいって思うんだけど、その反面「お金が絡むとろくなことねーな」とも思うんです。どっちかというとそっちよりの考えが強くて。特にこうやって健康に携わっているとなおさら思うわけです。

「健康になる」こととか「怪我が治る」とか「病が治る」とかがゴールとするなら、そのゴールへ向かう道ってたくさんあると思うんです。

薬かもしれない
外科的手術かもしれない
マッサージでいいかもしれない
足つぼかもしれないし
針かもしれない

それはわからないし、予測を立てて当てにいかなきゃならないね。いろんな選択肢を視野に入れて健康というゴールに向かわなきゃいけない。

でもね、そこに「稼ぐ」っていう機能が加わるとどうなるのか?っていうと

この治し方が1番!
これを受ければあなたは間違いない!
回数券どうですか?!
交通事故専門!

みたいないろんな方法で療法を1つに絞らせて、いろんな話法や手法で“不健康にする”んですよ。

そりゃそうだ。不健康な人が増えれば医療業界は儲かるんだから。それで経済が回ってある意味幸せな人(量を得て幸福感を感じる人)が増えるのかもしれない。

だから稼ぎたい場所っていうのはゴール設定を「健康」ではなく「不健康」にさせるわけです。

「あなたの体、ガチガチでボロボロ」
「猫背は万病の元ですよ」
「これは通ったほうがいいね」

そんなゴール設定されたら脳はそこへ向かい出します。「私不健康なんだ」って。
ある意味洗脳。

医療だけじゃなくても、お金が絡むとろくなことが起きないのはゴロゴロあって、本質すっ飛ばして売れることばかり考えてる。

でも、実は探ってみると本当に売れている人っていうのは本質を大切にしてる人だったりするものです。

だってそこに信頼が生まれるから。

貯信時代なんて言われれるいま。
データ上の信用よりもリアルな信用とか信頼って大切になってくる。

っていいながら

稼ぎたい⇄稼ぐ矛盾の医療

の中で悶々としているのです。
そんな僕にとある方が出資してくれました。
高い投げ銭をくれて「頑張ってね」って言ってくれる人もいます。

なんと有難いことか。

お金は欲しい。でも健康を目指すと稼げない。

このジレンマを脱却するために今日もまた考えの渦の中に入り込むのです。

投げ銭始めて3年目。
もうちょっと頑張ってみよっかなって思います。


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