虐待をする親もまた受けてきたものは大きいのかもしれない。

虐待をされていた時の子供の気持ちを考えると胸が締め付けられるような思いになるんだけど、虐待をしてしまう親もまた被害者であったりもします。

代々それが続いてしまってることは珍しくない。

うちの長女と話すんだけど、3歳の時の酷く叱ったことを記憶してるんです。
以前僕も妻も長女に、「あの時は親として未熟で辛い思いさせてごめんね」って謝ったんだけど、記憶として残るんですよね。


深く深く反省して長女をたくさん抱きしめるんだけど、してしまった事実を覆すためにはそれを打ち消すくらいの愛が必要になるわけです。

もしくは、長女が母親になった時に「未熟な親」というものを理解してくれるかどうかにもかかってる。

寝不足でしんどい時、子供の泣き声を聴くと爆発しそうになる妻を何度も横で見てきたけど核家族がすすむ現代では、“家族みんなで子育てする”っていうのが難しくなってきてる。

孤立したママさんはどこにそのストレスを吐き出せばいいのか?

それも今後の大きな課題な気がしていて、たくさんストレスが溜まる前に院に子供を連れて遊びに来て欲しいとも思うのです。

きっと愛情がエンプティなのかな。
愛されてこないとそれが憎しみなんかに変わっちゃうのかな。
虐待を受けた人で虐待問題を解決せずに人生逆転した人っているのかな。

今も電車でママさんが子供の面倒をみるのに疲れ切ってる顔してた。

何かできることがあれば、していこうと改めて思うのです。




ちばつかさ 心と体の中身から

元プロ野球選手の柔道整復師 心と体のコーディネーター ちばつかさのWEBサイト

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