自分というマシンが分からず走り続けると…。勇気あるピットインとは?

自分がどんなマシンなのか?
それは自分自身と対話し続けなければなかなか見つからないんだけど、見つからず分からずに走ってると大事故に繋がるのは車と一緒。

レーシングカーじゃないのにマインド系セミナーなんかで「アップロード!」なんて言われて突っ走ってたらタイヤ取れちゃったりする。

よくよく自分を観察したら、レーシングカーじゃなくて普通車だったのにコース走っちゃってた。みたいな。

走りすぎてることに気づかずにいることもマシンの損傷に繋がるね。

体が休めって言ってる。こころが休めって言ってるのに走り続ければ、知らない間に欠陥だらけになって止まっちゃう。
逆もある。
まだまだ走れるのに、レーシングカーなのにトラックだと思って責任を背負いすぎちゃって走れなくなってたり。走ったほうが自分らしい人だっているんだ。
それから、走ってる道がわからなければぬかるみにハマったり、いきなり行き止まりにぶち当たったりするね。

いつのまにかここまできてたけど、なんでだっけ?ってなったら地図は完成されていないことになる。「もう一度走ってきて」って言われてもわからない。それは、ただただ走ってただけだから。

そんな時に必要なのがピットインなんだと思うのです。
一回立ち止まって考えてみる。

ゆっくりじっくり“自分というマシン“を観察する。タイヤ取れそうだな、ガソリンなくなってるな、オイル交換しないとな、道を確認しないとな…

そうやってピットインしないと自分がわからないってことがほんとあるんです。びっくりするくらいに。

僕はピットで待ってる人。仕事。
一緒にマシンを眺める。そんなことを生業にしてる。

一度ピットインしてみよう。
勇気あるピットインが次の走りを変えるかもしれない。大事故を防げるかもしれないからね。

ちばつかさ こころとからだの中身から

元プロ野球選手の柔道整復師 こころとからだのコーディネーター ちばつかさのWEBサイト

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